つなめ日記帳

Twitterに慣れすぎて長文が書けなくなってきたので、長い文章を書く練習します。

昔私がいじめられていたという経験は今の私にとって悪くない出来事だったと言えるのだろうか?

答えは「いいえ」だ。いじめられてよかったって言えるわけねーだろバーカ!といいたい気持ちになることが多い。

いじめられたことで我慢強くなったとか見返してやろうと頑張れたとか、多分その人が元々持っていた強みなんじゃないかと思うんですよね。いじめられたことを何故か自分の中で正当化しようとして「いじめられたことで~」って言っちゃうパターンもあるのかな?と思います。実際に自分もいじめられてなかったらもう少し勉強ができなかったかもなと思わないこともないです。

でもよく考えたらそんなことないわ。勉強はいじめられてても「見返してやろう」と思って頑張ったわけじゃなくて母親が厳しかったからというのと遺伝で元々ある程度頭が良かったであろうことが関わってそこそこ勉強できたんだと思います。いじめられてても頑張ってなかったし、いじめられてなくても同じくらいできただろうなと思います。

多感な時期をいじめで感情めちゃくちゃにされて、性格に影響が出ないわけないんだよな。悪い方に。何がどう悪影響だったかと具体的に言えないのですが…。

 

あぁ、無性にやる気がないからダラダラと愚痴を書きたいんだろうな、今の私は。どうせ誰も見てないので好き勝手書きましょう。

中学生のころいじめられていて学校に行きたくなかった。めちゃくちゃ危害を加えられるひどいいじめではなかったが、聞こえるように陰口を言ってきたりすれ違いざまに殴ってくる人はいた。友だちはいない。田舎で1クラスしかなく、学校をサボるにもサボれるような場所がなかった。いじめられていることはなぜかバレたくなくて誰にも言ってなかった。おそらく保護者経由で母親に私がいじめられていることがバレたのだが、学校を休ませてもらえることはなかった。「いじめられているのか、誰にいじめられているんだ」ときつい口調で聞かれたときは辛かったけど「これで学校休ませてもらえる」と少し安心していた。しかし次の日の朝起きたら「学校行くでしょ」と言われた。誰も味方はいないなと思った。(余談だがこの件の2年ほど前に妹の担任がヒステリックな先生で妹が学校行くのを嫌がったときには1週間の休みを許可されていた。)家にも学校にも助けてくれる人はいないなと思った。おとなになって思えば助けられることを待つだけの自分も悪かったのだが、母親はもう少し人の心を持ってほしかったし私と性格が合わないからといって流石に私の気持ちを理解しなさすぎ、しかも私がいじめられていたことは6年後くらいにはすっかり忘れていた。幻滅した。こんな親にはなりたくないなと常々思う。実家に帰ると地元の同級生の話になることが多い。本当に本当に聞くのが嫌だ。中学を卒業して以降悪くない関係性の同級生はいるが、その人達以外は全員できるだけ不幸になってほしいし私の知らないうちに消えてほしい。

こういうことを定期的に思い出して鬱々とした気分になってしまうっていうのは、間違いなく人間としてマイナスだと思う。こういう気持ちにならずに生きたいものである。殴った方の手も痛い理論でいくといじめていた方もたまに思い出して公開しているのかもしれないが、当時ですら些細なことと思ってないだろうから思い出すこともないだろう。いじめた方は全然覚えてないって言いますからね。

 

非常に嫌な気分だな。いっそ記憶がなくなったらいいんですけど。

いや、記憶がなくなっても家族は変わらないからな。この問題だけは残るのか。

happy だけ摂取したい

日記を書きたい気分のときにこんにちは、私です。

 

まぁ3年くらい前もそうだったような気がするんですが、嫌なことがあると睡眠リズムがめちゃくちゃ狂いますね。眠気があっても寝ようと思ってじっとしてると嫌なことを思い出したり考えてしまって眠れなくなる。3年前と違うのは、今はバリバリ働いてないので日中眠くなってもそれなりに大丈夫ということ。そのせいで眠れない日は自然に眠れるようになるまでは逆らわないようにしようと思って夜ふかししちゃうんですよね。そうすると朝まで起きてることになったりするわけです。

自分が落ち込みやすい性格なのがよくないということもあるのですが、人に相談しづらい「もにょる」出来事があり、最近落ち込みがちです。実家のことなんですが。親や兄弟と性格が合わないなぁとつくづく感じます。

妹が妊娠したらしく、その報告を細々としてくる。私が結婚して1年くらい経ったときに「母親が『つなめはまだ子供ができないのか、でもこんなこと言ったらダメだよね、そういうのは2人の問題だから』と気にしてたよ」と妹から聞いたことがあるんですよね。私は元々母親のことをあまりよく思ってないので、これを聞いたときは「直接言われてないけどやっぱりそういうこと思ってたんだ、嫌だな」と思ったんですよね。しかし今思えば妹もわざわざこんなこと私に伝えなくてもよくないか?と気づいたわけです。私が母親のことをあまりよく思っていないことは妹も知ってるはず。わざわざ嫌な情報を教えてこなくてもいいのに。妹は妹だから許せている部分があるんだろうけど、妹は母親と似ている。妹も母親も人の感情を汲み取ったりする能力に乏しいんだと思う。そういうところがとても嫌いだ。妹だから許せているんだろうけど、妹じゃなくて姉だったら全然許せていないんだろうな。

こうやって家族に対する嫌悪感を高めている一方で、家族に囚われすぎているとも感じる。いい大人なんだから、家族とはいえ他人のことを考えすぎる(気にしすぎる)必要もない。気にし過ぎなのは親離れできていない、私自身がまだまだ子供なところがあるんだろうなとも思う。こうやって自分にも非があるな、と大抵の嫌なことに対して考えてしまうのだが、こうやって考えず嫌なことや嫌な人に対してだけ怒れたらもう少し気が楽なのかもしれないな、と感じる。そういう人がある意味で羨ましい。

眠れない夜、人に言えないことを書く

最近睡眠サイクルが乱れに乱れまくっており困っています。

昼寝しちゃったり夜遅くまで遊んでたりで夜寝られないのはいいんだけど(本当はよくないけど)、特になにもないのに寝られないのは辛いですね。今がそれで、睡眠に向き合わなくてもいいかと思って起き上がって机に向かってるわけです。

 

これが私自身を指していたのか、私のとある性質を指していたのかわからないのですが、最近「あなたは思いつめすぎ」と言われました。私そのものをさらけ出していたつもりはなかったので「そうなのか」と思った反面、私を見て言ってる言葉だったので「そうなのか」と思いました。

自分が悩んでいること、深刻であれば深刻であるほど人に言えないんだよなぁと気づきました。怒りで爆発しそうな時だけは母親に言ってるんだけど。(これは私の目指す「人に言う」という行為からは外れている。)

単純に相談できない、弱みを見せられない、本音を言えないタイプでもあると思うんですが、「他人は自分じゃないから100%気に障らないことを言わない人間はいない。言うのに努力して言ったのに気に障ること言われて後悔するなら言わないほうがいい」と考えてるなということに気づきました。地のつながった家族であれ、自分のことを理解していないわけですし。いやむしろ血のつながった家族はかなり私のことを理解してない部類なんですけどね。怒りで爆発しそうなときに母親に愚痴をこぼす際は返答を求めてないし海に向かって「バカヤロー!!」って叫ぶのと同レベルなんですよね。それでも多少スッキリするし、母親視点から考えれば普段寡黙な子供の愚痴を聞けていい経験になっていることでしょう。実際母親は「あの時こうだったよね~」とよく喋ってます。

 

もっと素直で生きやすい人間になりたかったものですね。

今悩んでいることをここに書こうとしたはずなのに結局書けずに終わっているし。

好きなものに慣れてしまうのはなんとも悲しいものだなと思う

最近は良さげな音楽を適当に聞いていたんですが、ちょっと気になってるアーティストのライブ配信が4/29まで無料公開されていることに気づいたんですよね。それで昨日はその配信を通しで流してました。

4時間位のライブで、その中でとある曲が始まった瞬間からめちゃくちゃ好きだなと思った曲があって、サビまで来る頃には鳥肌が立つくらいだった。とにかく好きだ!この曲購入しよう!!と思ったんですよね。他にもいいなって思う曲はいっぱいあったけど、上で挙げた曲がダントツで一番好きだったな~!って、ライブ配信を全部見た後も思っていた。今思えばちゃんとタイトルを控えておけば良かったんだけど、一番好きだなと思った曲がどれだったかわからなかった。そこで配信をもう1回見返してみたんだけど、驚くことに見返してみてもわからなかった。

色んな曲を好きになってしまったからわからなくなっちゃったのかなとも思うのだが、これって多分慣れてしまったんだろうなと思った。多分これかなという曲は見つけた。最初に聞いたときと同じくらいずっと感動していたい。すごく悲しくなった。音楽じゃなくて食べ物とかでも同じようなことあるよな~と、ふと思い出した。初めてみかん大福を食べたとき、空腹だったせいもあるかもしれないけど、あまりのみかんのジューシーさと白あんと求肥との相性の良さに驚いたし毎日食べたいと思った。翌週買ったらもちろんおいしかったのだが初めて食べたときほどではなかった。こういうときって初めて摂取したときの感動がすごいから自分の中で過度に期待してしまっているのかもしれないけど、ずっと感動していたいな。初めて摂取したときと同じ気持ちになりたいな。

3回目にみかん大福を食べたときは1日何も食べないでいてから食べた。その時は2回目よりおいしかったけど1回目には負けてたな。

 

こういうことって大人になってから感じるようになった気がする。気がするだけかもしれないけど。昔は好きな音楽はずっと好きだなって思っていた。何が違うんだろうな。

死にたいという気持ちってどんな気持ちだったか思い出す

メンヘラみたいなタイトルですが全然そんなことはないです。

「死にたい」と思っている物語のキャラに感情移入したいなと思ったときに、そういえば「死にたい」ってどんな感じだったかな?と思った。昔は結構そう思うことが多かったのに、ここ半年は全く死にたいと思ったことがない事に気づいた。え!?たった半年ぽっち!!?って思う人が多いのかもしれないが、私、以前はすごい気軽に「死にたい」って思ってたもので。気軽に「死にて~!」って思ってるときは死にたいわけじゃなくただ単純にゆっくりしたい、大変なことから解放されたい、という感情なのだが、それらを若者が使う「やばい」のようなまとめ方をした「死にたい」になっていたわけだ。

日本語がおかしいけど知らん。この記事は勢いだけで書きます。なぜかというと文章を推敲したら本当に書きたかったことが曲がってしまうかもしれないから。

 

気軽な「死にたい」という気持ちはさておき、もう少し本気で「死にたい」と思ってたときのことを思い出しながら、思い出したことを書いていこう。

死にたいと割と本気で思ったのは人生で2回ほど。1回は学生時代、もう1回は社会人になってから。

学生時代はいじめられていたから、友達がいなかったから死にたかったんだったな。田舎だったから学校をサボることもできなかったし、そもそも優等生だったし、私のこと理解してくれない母親にはいじめられてることを言いたくなかったし、いじめられてることがバレても怒られただけで学校は休ませてくれなかったし、どこにも逃げ場がないし理解者もいなくて死にたかったのかな?今振り返るとそんな感じする。

社会人になってからは、上司がパワハラタイプで大変で仕事も難しいし量も多くて大変だったのが原因かな?仕事めちゃくちゃ嫌なこと多かったけど、この件も逃げ場がなかったんかなぁ。仕事辛かったけどそれで仕事辞めるのを良しとしない雰囲気があったしな。上司のパワハラが原因で先輩たちが半分くらい結構揉めて辞めたからなんだけど。学生時代勉強していたことから外れた仕事になっちゃってたし転職したいなって思ってたんだけど転職活動する余力がなかった。1回だけ某転職活動支援サービスの面談を受けて終わったな。平日いっぱい仕事して泣きながら寝て休日は何もしたくなくてほぼ寝てるみたいな生活だった気がする。いいとこ住んでたのにあんまり満喫できてないんだよな。このときも逃げることが許されてなくて、死にたいというか解放されるには死ぬしかないって感覚だったと思う。帰りの電車を待ってるときに線路に飛び込み自殺をした場合の賠償金はどれくらいなんだろうとか調べて死なないようにしてたのを覚えてる。賠償金について調べて親に迷惑がかかるなと思ってたし、これを考えられなくなったら(考える余力がなくなったら?)死ぬんだろうなと思った。少し話が逸れるけど、自殺できる人って勇気と決断力があるよね。1回目のときと違って2回目のときは周りにいい人も結構いたしまだ追い詰められてなかったからというだけかもしれないけど、私は死ぬ勇気がなかった。自傷行為というものもほとんどしたことがなくて、せめて自傷行為をしたら楽になるのかもしれないと思ってとある方法をめちゃくちゃ軽くやってみたんだけど、そのときに使った物が偶然なんだけど父親が仕事で携わっているもので、父親は私がこんな事するために仕事してるんじゃないなって気づいて、それからは自傷行為もしなかった?できなかった?ただ辛い死にたいという気持ちが溜まっていくだけだったな。

 

2回のことを振り返ってみると、逃げたいけど逃げられないという自分では割とどうしようもない(と感じてしまっている)状況と孤独感(≠孤独)が死にたいという気持ちにつながるのかなと思った。

実際に逃げられないか、孤独であるかとは違って、今客観的に思い返すと学校も仕事も逃げようと思ったら逃げられたし確実に孤独ではなかった。でも当時は逃げられないし孤独だと思っていた。客観視したら自分が死にたいって思う状況って別に世の中全部の「死にたい」原因を網羅してないだろうなと気づいた。そりゃ当たり前か。劣等感とか人に理解されないこととかで死にたいと思う人とかもいるんだろうな。そんで自分が思い至らない理由で「死にたい」と思ってる人もいるんだろうな。ここまで書いてみて内容薄いなって笑ってるけど、こうやって整理する?振り返る?というか客観視する?こういうことをしなかったら漠然と自分かわいそうだったな辛かったなって思いで止まってただろうな。それで止まっててもいいかもしれないけど、そのままだと人の辛さをあまりわかってあげられなかっただろうなと思う。わかりきる必要はないけど辛いね大変だねって優しい声をかけられる気持ちは持っていたいね。自分の辛さに浸りすぎると他人にそういうことできないんだよな。大変だった当時は心がめちゃくちゃ狭かったからただでさえ少ない友達も何人かなくしたし。

 

やってみて本来の目的が果たせたのか少し微妙なところだが、まぁやった意味はあるか~。

痔になったことと今日見た夢

お久しぶりの日記です。いつも続かないね。

 

タイトルの通りの話を書くのですが、ついに痔になってしまいました。

正確には以前も何回か痔になっていた気がするのですが「あ、これみんなが辛いって言ってる痔だ。」と、今日はじめて思いました。痛い…。いぼ痔というやつだと思うのですが、明確に存在を感じるし座ったりすると痛い。これは痔だ…。急いで通販で薬を買いました。明日できるだけ早く届いてくださいと祈ってます。いい年齢になってきたわけだし、自分の健康に気を遣おう。

便秘とは無縁のタイプなので痔も無縁かなと思っていたんですが、下痢も痔の要因の一つみたいですね。調べて衝撃を受けました。むしろこれだけ下痢することが多い体で、今まで痔に悩まなかったのが不思議なくらいですかね?頑張ってくれてありがとう肛門。これからはちゃんと労ります。

 

そして今日の夢の話。本当は午前中にちゃんと書いてできるだけ正確な夢日記を残しておこうと思っていたのですが、つい後回しにしてしまいました。

なんかわからないけどゾンビ討伐隊に選ばれており、選抜テストで実際にゾンビと戦った。生き残った人がゾンビ討伐隊になり、選抜でゾンビに襲われた人はそのまま死ぬという感じだった。なんかリザルトがゲームみたいな感じで見れた。たしか私は選抜でゾンビを倒せなかったのだが、襲われずに済んだので生き残った。セミナー室みたいなところに生き残った人が集まってた。そこに選抜に参加した人数分のモニターがあってリザルトが映し出されてた。私の隣が私の弟(※非実在)だったのだが、モニターにはリザルトが映し出されていた。何が書いてあるかは見なかったが、それで私は弟が死んだことを知った。

生き残った人は次のゾンビ討伐にすぐに駆り出された。初期装備らしいハンドガンが支給された。斜め前に座ってた人は選抜試験でゾンビを倒して装備をゲットしていたらしく、私に「どっちか渡すぜ、こっちは自決用、こっちは狙撃用。」みたいな説明をしてきた。自決用と説明されたものは手榴弾だった。これでゾンビは倒せないんだ、ここでは手榴弾は死ぬための道具って認識なんだ。と思った。斜め前の人に「私はいいや。(弟が死んでしまったし)もう大事なもの何もないから。」と言っていた。

ゾンビ討伐に行ったら、初期装備らしきハンドガンはゾンビにそれほど効き目がなかった。ゾンビ倒して装備持っとかないと太刀打ちできないんだなぁと思いながら死んだ。死んだらセミナー室、なぜか私だけゲームみたいに死んでも生き返るって感じだった。

そんな感じの夢でした。非実在の身内だったけど自分の身内が死んでしまう夢だったので、起きてしばらくはとても気分が悪かったですね。それと「もう大事なものが〜」って台詞、自分じゃ言わなさそうだなと思いました。最近TRPGをやるようになって、自分が自分で言わなさそうなことを口にする機会があるから夢でも自分が言わなさそうな台詞を言うようになったのかな?

継続ができないので力になっていない

こんにちは、お久しぶりです。

日記のタイトルからも、そもそも日記を書くのが久しぶりであることからもおわかりのとおりなんですが、全然継続力がないです。

 

最近何してたかというと、お絵かきはちょこちょこやってました。でも45秒ドローイングはあれからやっていないという罪。プログラム書くことはほんとにまったくやっておらずなような。Oauthのことだけちょっと勉強してた。ココフォリアのログ整形のやつはずっと世に出せる形にして出そうと思いつつ何もやってないんだよな…。ほぼ完成してるからキレイにしたら出せるんだわ…。

 

という、読んで何の特もない日記です。こういうのでもいいから書かないと、どんどん書きづらくなるので…。